研究概要

【本領域の目的】

我々人間の生体内には驚くべき共生形態が存在します。例えば母体と胎児です。母体は自己と完全に異なる個体であるはずの胎児を排除しません。胎盤という秀逸なシステムを取り入れつつ、実は、母体と胎児との間には“適切なコミュニケーション”が取られることで共生が成立しています。また、ヒトと腸内細菌との関係も異物共生状態の好例であり、ヒトは独自の腸内細菌叢を形成することにより腸内細菌との共生を実現しています。

一方で近年、バイオ医薬品や生体適合材料など、様々な機能性分子が開発されているものの、これら「非自己物質(マテリアル)」と生体との共生は真の意味で達成されていません。そのため、高度に最適化された先端医薬品においても免疫原性が認められる場合があり、実用化への大きな課題の一つとなっています。

本研究領域は、生体とマテリアルとの共生形態を「マテリアル・シンバイオシス(物質共生)」と定義します。そして、生体分子ーマテリアル間の「弱い相互作用」の実態を明らかにし時空間的に解析することで、物質共生とは何かを解明します。さらには、「マテリアル・シンバイオシスのための生命物理化学」という新たな学問分野を世界にさきがけて開拓することを目指します。

【本領域の内容】

本領域は、物質共生を理解・解明する学問分野を切り拓くために、生体がマテリアルを「弱い相互作用」を介して認識するメカニズムを物理化学的観点から解明します。

そもそも、弱い相互作用を定量的・時空間的に解析することは非常に困難です。この課題を解決するための弱い相互作用の測定拠点としてA01班を設置します。また、マテリアルの化学構造によって、生体分子との間の弱い相互作用、ひいては生体側の認識がどの様に変化するかを定量評価するための、弱い相互作用を基盤とした生体反応解明拠点としてA02班を設置します。さらに、弱い相互作用を示す機能性分子の開発と、それらが引き起こす生体応答の解明を目指し、弱い相互作用を実現するためのマテリアル創製拠点としてA03班を設置します。3つの研究ユニットが互いの研究成果を共有し、全班員が一丸となって弱い相互作用を基盤とする物質共生の理解・解明・達成を目指します。さらに、物質共生が高次生命機能に与える影響についても明らかにしていきます。

【期待される成果と意義】

従来型のマテリアルの分子設計は、生体に打ち勝ち、生体機能を凌駕することを目指したものが大半でした。また、マテリアルに対する免疫応答に着目すると、既報の多くは抗体やサイトカインの産生など、いわば最終応答のみを解析することのみに終始しています。

「なぜそのマテリアルが免疫原性を持つのか?」―我々はその作用機序に目を向けることで、「物質共生とは何か?」を世界にさきがけて解明し定義することを目指します。本領域の研究成果により、様々な最先端医薬品や機能性材料に対して認められる課題(免疫原性、悪性腫瘍誘発など)の解決が期待されます。